こんにちは、菅原和望税理士事務所スタッフです。
事業者の皆様には切っても切り離せない複式簿記。今日は簿記や会計の歴史について少しだけ見ていきたいと思います。
複式簿記の始まりは、イタリアのヴェニス。ヴェニスの商人たちは商売をするうえで、取引の網羅性を確保するために複式簿記が必要でした。
簿記の始まりというと想像される方が多いのは、近代会計の父とも呼ばれるルカパチョリですね。1494年イタリアの数学者であるルカパチョリは、著書『スンマ(Summa)』の中で複式簿記をまとめ、広がりました。彼はそれまで商人たちが使っていた方法を整理し、広く伝えたとされています。

↑左側のグレーの洋服に身を包んでいるのがルカパチョリ
では、そもそも会計という言葉はどこから生まれてきたのでしょうか。
会計の始まりは4000年ほど前の中国に遡ることができます。
この時代は大洪水時代でした。時の帝に治水を命じられたのが鯀(こん)という人物でした。しかし、鯀は9年経っても成果を出せず、治水に失敗、最終的に処刑されてしまいます。そこで、この事業を引き継いだのが鯀の息子である禹でした。
禹は13年かけて治水を成功させ、湿地を田んぼに変えて農業や生活ができるようにしました。この功績をみて、舜は禹に国を譲り、夏という国をつくりました。
禹派と諸侯らと会って功績を計り、仕事ができる人を見分けることを重視していました。禹は徳のあるものを見極め、領土に封じてから亡くなったため、その地に禹は埋葬されました。そしてその葬られた地は「会稽」と名付けられました。司馬遷によると、「会稽とはすなわち会計で、諸侯を会してその功績を計り考えたという意味である」とされています。
これが会計の語源となりました。
会計は、仕事を任せられた人が期待に応えられたかを評価し、その結果により処遇を決める仕組みです。治水に失敗した鯀は処刑されてしまいましたが、結果を出した禹は国を与えられましたね。このように能力があれば評価され褒美を与えられる一方で、期待通りに結果を出せなければ遠ざけられてしまいます。
会計は「この人に仕事を任せてよいのか」というためにあります。したがって、経営者の皆様が取り組んできた一年間の仕事の結果は財務諸表を通じて評価されることになります。
今年もあと半分ですが、この人に仕事を任せてよかった、と思われる結果を出していきたいですね。半年後の結果発表を楽しみにできるように、日々頑張っていきましょう!
※禹の治水と中国史について詳しい記事はこちら
禹の治水と中国史の流れ│40号 大禹の治水:機関誌『水の文化』│ミツカン 水の文化センター
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投稿者:菅原和望
1993年生まれ。菅原和望税理士事務所代表。
横浜市青葉区・都筑区を中心とした地域密着型。
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