皆様、こんにちは。税理士の菅原和望です。
「うちのような小さな飲食店にインボイス登録は必要なのか」「登録すると消費税はいくら払うことになるのか」「レシートはどう直せばいいのか」。インボイス制度が始まって3年がたちましたが、飲食店の方からのご相談は今も続いています。この記事では、飲食店がインボイス発行事業者に登録すべきかどうかの判断基準を客層別に整理し、売上1,000万円以下の店が登録した場合の消費税額(2割特例→3割特例→簡易課税)、レシート(簡易インボイス)の記載事項、市場や産直から仕入れている店の仕入側の対応までを、横浜市青葉区・都筑区で飲食店の記帳・申告を担当している税理士が解説します。
飲食店の税務を全体から確認したい方へ
開業手続き・確定申告・経費・軽減税率と消費税(インボイス)・人件費と社会保険・税務調査・法人化・閉店までを1ページにまとめた飲食店の税務 完全ガイドも公開しています。この記事はそのうちの1テーマを詳しく解説したものです。
この記事の結論(先に3行で)
- お客様が一般の個人だけ(ラーメン店・カフェ・定食屋など)なら、売上1,000万円以下の飲食店はインボイス登録しなくても実害はほぼありません。登録が必要になるのは、接待・会食で法人の領収書を求められる店、宴会・仕出し・弁当・ケータリングで法人と取引する店です。売上1,000万円超で既に課税事業者なら、登録しない理由はありません。
- 売上1,000万円以下の店が登録した場合の消費税は、令和8年分までは売上の消費税の2割(2割特例)、令和9年分・10年分は3割(3割特例・個人のみ)、令和11年分からは簡易課税(飲食店は第4種=4割)か原則課税。税抜売上800万円(すべて10%)なら、年16万円→24万円→32万円が目安です。
- 登録した店はレシートに登録番号・税率ごとの金額と消費税額(または税率)を入れれば簡易インボイスになります(宛名不要)。仕入側は、2割特例・3割特例・簡易課税を使う限り仕入先のインボイスを集める必要はありません。原則課税の店だけ、市場・産直など免税事業者からの仕入れが経過措置(令和8年10月から70%控除)の対象になります。
飲食店にインボイス登録は必要か|客層別の判断表
インボイス(適格請求書)が必要なのは、あなたの店に支払う側が消費税の仕入税額控除を受けたい事業者の場合だけです。一般の個人客は控除と無関係なので、インボイスがなくても何も困りません。したがって判断の軸は「誰が払っているか」です。
| 主なお客様・取引 | 登録の必要性 | 理由 |
|---|---|---|
| 一般の個人客のみ(ラーメン店・定食屋・カフェ・居酒屋の個人利用) | 低い | 個人客は仕入税額控除をしないため、インボイスを求められない |
| 接待・会食で「会社名の領収書」を求める法人客が多い(会席・寿司・焼肉・バーなど) | 高い | 法人は接待交際費の消費税を控除するためにインボイスが必要。未登録だと「あの店は使えない」となりやすい |
| 宴会・法事・仕出し・弁当・ケータリングで法人・団体と取引 | 高い | 会議弁当・社内行事などは経費処理されるため、登録番号を確認される |
| デリバリー代行(Uber Eats・出前館)経由の売上が中心 | 低い | 注文者は個人消費者がほとんど。代行会社への手数料は代行会社側がインボイスを発行する |
| テナントビルのフードコート、商業施設への出店(売上を施設経由で受け取る) | 施設の契約条件による | 運営会社との契約でインボイス登録を求められることがある。契約書を確認 |
| 年間売上(課税売上高)が1,000万円を超えている | 登録すべき | 既に消費税の課税事業者なので、登録しても納税額は変わらず、登録しないデメリットだけが残る |
「売上1,000万円以下で個人客だけ」の店は、登録せずに免税事業者のままでいるのが最も負担が少ない選択です。一方、法人客の比率が売上の1〜2割を超える店は、登録による納税額(次の章)と、登録しないことで失う法人客の売上を比べて判断します。迷う場合は、よく利用してくれる法人のお客様に「インボイスがないと困るか」を直接聞くのが確実です。
売上1,000万円以下の飲食店が登録した場合の消費税額|2割特例→3割特例→簡易課税
免税事業者だった店がインボイス登録をすると、その日から消費税の課税事業者になり、毎年3月31日までに消費税の確定申告・納付が必要になります。納税額は、どの計算方法を使うかで大きく変わります。
| 計算方法 | 使える期間(個人事業の飲食店) | 納税額の計算 | 税抜売上800万円(すべて10%、売上の消費税80万円)の場合 |
|---|---|---|---|
| 2割特例 | 令和8年分(2026年分、2027年3月申告)まで | 売上の消費税 × 20%。事前の届出不要、申告書に付記するだけ | 16万円 |
| 3割特例(令和8年度税制改正で新設) | 令和9年分・令和10年分(2027年・2028年分)。個人事業者のみ、基準期間の課税売上高1,000万円以下 | 売上の消費税 × 30%。事前の届出不要、申告書に付記するだけ | 24万円 |
| 簡易課税 | いつでも(原則、前年末までに届出。3割特例を使った年の翌年分は、その年の申告期限までの届出で可) | 店内飲食は第4種(みなし仕入率60%)→ 売上の消費税 × 40%。持ち帰り・宅配の製造販売部分は第3種(70%)→ × 30% | 32万円(すべて店内飲食の場合) |
| 原則課税 | いつでも | 売上の消費税 − 仕入・経費の消費税(インボイスの保存が必要) | 課税仕入が400万円なら 80万円 − 40万円 = 40万円 |
飲食店は人件費(消費税がかからない)の比率が高く、原則課税で控除できる消費税が少ないため、2割特例・3割特例が使える間はそれを使い、終わったら簡易課税という流れが多くの個人店で最も有利です。ただし、厨房の全面改装や店舗の新築など大きな設備投資をする年は原則課税の方が有利になることがあり、簡易課税は一度選ぶと2年間はやめられないため、投資の予定がある年は事前に試算が必要です(「飲食店の消費税申告|簡易課税と原則課税どちらが得か」)。
なお、売上の消費税は店内飲食(10%)と持ち帰り・宅配(8%)を分けて計算します。区分の仕方は「飲食店の軽減税率」をご覧ください。
登録した飲食店がやること|レシート(簡易インボイス)の記載事項とレジ設定
飲食店は不特定多数のお客様に販売する業種なので、宛名のない簡易インボイス(適格簡易請求書)で足ります。レシートや手書きの領収書に、次の5項目が入っていればインボイスになります。
- 店の名称と登録番号(T+13桁)
- 取引年月日
- 取引の内容(軽減税率の対象品目がある場合はその旨。「※は軽減税率対象」など)
- 税率ごとに区分した合計金額(税込でも税抜でも可)
- 税率ごとの消費税額、または適用税率(どちらか一方でよい)
- POSレジ:Airレジ・スマレジ・Squareなど主要なレジは、設定画面で登録番号を入力すれば自動で印字されます。店内(10%)と持ち帰り(8%)の商品設定が正しいかもあわせて確認します。
- 手書きの領収書:登録番号のゴム印を作り、「10%対象 ○○円(うち消費税○○円)」の欄を設けた領収書用紙に替えます。宛名は空欄でも簡易インボイスとして有効ですが、法人客には書いてあげた方が親切です。
- 消費税額の端数処理:1つのインボイスにつき、税率ごとに1回だけ端数処理をします。商品ごとに端数処理して合計するのは認められません(レジの設定を確認)。
- 控えの保存:発行したレシートの控え(レジのジャーナルや電子データ)を7年間保存します。
仕入側の対応|市場・産直・免税事業者からの仕入れと経過措置
まず押さえておきたいのは、2割特例・3割特例・簡易課税を使う店は、仕入先がインボイス発行事業者かどうかを気にする必要がないことです。これらの方法では売上の消費税だけで納税額が決まり、仕入先のインボイスは控除の計算に使わないからです。仕入先の登録状況の確認や経過措置の計算が必要になるのは、原則課税の店(売上1,000万円超で原則課税を選んでいる店、設備投資の年に原則課税にした店)だけです。
原則課税の店が免税事業者(個人の生産者・小規模な業者など)から仕入れた場合
| 期間 | 控除できる割合 |
|---|---|
| 令和5年10月1日〜令和8年9月30日 | 80% |
| 令和8年10月1日〜令和10年9月30日(現在) | 70% |
| 令和10年10月1日〜令和12年9月30日 | 50% |
| 令和12年10月1日〜令和13年9月30日 | 30% |
| 令和13年10月1日以後 | 控除なし |
令和8年度税制改正で経過措置は2年延長され、控除割合が見直されました。経過措置を使うには、区分記載請求書と同じ事項が書かれた請求書等の保存と、帳簿に「経過措置の適用を受ける旨(80%控除・70%控除など)」の記載が必要です。
1万円未満の仕入れは帳簿だけで控除できる(少額特例)
基準期間(前々年)の課税売上高が1億円以下の事業者は、税込1万円未満の課税仕入れについて、インボイスがなくても帳簿の記載だけで仕入税額控除ができます(令和11年9月30日まで)。スーパーや市場での少額の買い出し、タクシー代、消耗品など、飲食店の日々の仕入れの多くはこの特例でカバーできます。
仕入先の登録状況の確認と帳簿の記載
- 継続的に取引する仕入先(食材卸、酒販店、おしぼり・リネン業者、デリバリー代行、カード決済会社)は、請求書に登録番号があるかを一度確認し、会計ソフトの取引先マスタに「登録あり/なし」を登録しておくと、仕訳のたびに判断しなくて済みます。
- 受け取ったインボイス(請求書・領収書)は、電子データで受け取ったものは電子データのまま、紙は紙で7年間保存します。クラウド会計のレシート撮影機能を使えば、撮影したデータが保存要件を満たす形で残ります。
- 帳簿には、取引先名・取引日・内容(軽減税率対象の旨)・金額を記載します。会計ソフトで税区分(10%・8%・経過措置70%・少額特例など)を正しく選べば、申告書は自動で集計されます。
登録しないと決めた飲食店の注意点
- レシート・領収書に登録番号は書けません。消費税込みの価格で販売すること自体は問題なく、「消費税を請求してはいけない」わけでもありません。
- 法人のお客様から「インボイスがないと経費で落としにくい」と言われたら、相手は令和10年9月までは支払額の消費税相当額の70%を控除できる(経過措置)ことを伝えられるようにしておきます。それでも登録を求められる取引が増えてきたら、登録を再検討します。
- 免税事業者のまま売上が1,000万円を超えた年があると、その翌々年から課税事業者になります。そのタイミングで登録するのが自然な流れです。
- 一度登録した後に取りやめることもできます(「登録取消届出書」を、やめたい課税期間の初日から15日前までに提出)。ただし、免税事業者が登録した時期によっては、登録日から2年を経過する日の属する課税期間までは免税事業者に戻れません。
よくあるご質問
Q. 個人客だけのラーメン店です。インボイスは関係ないと考えてよいですか?
A. 売上1,000万円以下で、お客様が一般の個人だけなら、登録しなくても困ることはほぼありません。法人の会食利用や弁当の注文が増えてきたら、そのときに検討すれば十分です。
Q. 売上1,000万円以下ですが、接待利用の多い店です。登録すると税金はいくらですか?
A. 令和8年分までは売上の消費税の2割、令和9年分・10年分は3割が目安です。税抜売上800万円(すべて10%)なら年16万円→24万円、令和11年分からは簡易課税で32万円程度です。接待客の売上がこれを上回って残るなら、登録した方が得という判断になります。
Q. 宛名のないレシートでも法人のお客様の経費になりますか?
A. 飲食店は簡易インボイスが認められているため、宛名がなくても登録番号・税率ごとの金額・消費税額(または税率)が印字されていればインボイスとして有効です。手書き領収書の場合も同じ項目が書かれていれば問題ありません。
Q. 2割特例や簡易課税を使っていれば、仕入先のレシートは捨ててもよいですか?
A. 消費税の仕入税額控除の計算には使いませんが、所得税の経費の証拠として7年間の保存義務があります。捨てずに保存してください。
Q. 2割特例が終わったあと、何もしないとどうなりますか?
A. 個人事業者は令和9年分・10年分は3割特例が自動的に使えます(申告書に付記するだけ)。令和11年分から簡易課税を選ぶ場合、令和10年分で3割特例を使っていれば、令和11年分の確定申告期限(令和12年3月31日)までの届出で間に合います。届出を忘れると原則課税になり、インボイスの保存がないと控除できず納税額が増えるため、令和11年に入ったら早めに顧問税理士と方針を決めておいてください。
まとめ 税理士からのアドバイス
飲食店のインボイス対応は「誰が払っているか」で決まります。個人客だけの店は登録せずに身軽でいる、法人客の多い店は登録して2割特例→3割特例→簡易課税で納税額を抑えつつレシートを整える、というのが基本線です。制度は令和8年度税制改正で期限と割合が変わっており、今後も見直される可能性があるため、年に一度は顧問税理士と方針を確認してください。
菅原和望税理士事務所では、マネーフォワード クラウドを使った飲食店の記帳・消費税申告・インボイス対応(レジ設定・税区分の設計)をサポートしています。確定申告の基本については「飲食店の確定申告のやり方」、簡易課税と原則課税の比較は「飲食店の消費税申告」、税率の区分は「飲食店の軽減税率」もあわせてご覧ください。
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